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2007年03月20日

 ■ ITの時代はまもなく終わる

またまた大それたタイトルで記事を書いてみる。
なんとなく思っていることなので決して整理されているわけではない。ただ、こう思うし、こうなるのが世の中の正しい方向のような気がしている。

まず第一に、いま世間で言う「IT」の時代は終わる。
2000年前後からITという言葉がもてはやされ、ITベンチャー・IT企業というようにあたかも「IT」というカテゴリが産業の中にあるかのように語られてきている。だが、経済産業省による産業の分類をいくらみても「IT」などという分類項目はないのだ。

そもそもITという言葉が使われ出した背景には90年代中盤以降のインターネットの普及、そこから勃興してきた数々の企業群がある。別名「ネットベンチャー」と言われている会社群だ。インターネットをつかって商売をすることから「IT」とくくられているが、実際の中身はどうか。楽天などは自社のもつショッピングモールの場所貸しであり、「パルコ」と同じ業態だ(「パルコ」は業種区分的には小売業ではなく不動産業になると聞く)。サイバーエージェントなどは広告屋だ。かつてのライブドアなどは色々やりすぎていて何だか分からなかったりするが、株屋だったり場所貸しだったり、様々な業態が複合したコングロマリットみたいなものだ。

ITという言葉を冠すると斬新なように聞こえる。確かにインターネットを使ったという点では斬新なのだろうが、経済産業省の業態区分に照らし合わせると、何のことはないこれまで他の媒体をつかって行っていた仕事をインターネットに置き換えているだけだったりする(もちろんインターネットだからこそできてきた新しいものがあることは否定しない)。何を好きこのんで「IT」などというとらえどころのない言葉を使う必要があるか、だ。

第2に「IT」が主役になる時代は終わる。

いかにもな感じで「IT」がもてはやされているが、ITっていうのはそもそもは情報技術であり、社会の基盤である。基盤というのは社会を支えるものであり、縁の下の力持ちだ。過剰に表に出るものではない。たとえていえば、製造業に対する産業機械や金型工場みたいなものだ。出版業に対する印刷工場やインク屋みたいなものだ。情報技術というのは効率化を高めるという意味で産業に貢献するが、それ以上ではない(もちろんPCやPCソフトなどコンシューマー向けのものは日の目を見るだろうが)。

そこを勘違いしている輩が多すぎる。コンピュータの歴史というものを分かっていない。コンピュータ屋、IT屋というのは、産業を支えてなんぼ。裏方の仕事なのだ。裏から支え、貢献し、それが社会を変える原動力になっていく中にこそ、楽しみや誇りを見いだせる業種なのだ。道路をつくる人、橋をつくる人、トンネルをほる人、中東からタンカーで原油を運ぶ人と一緒だ。現在は主役になろうという連中があまりにも多すぎる。このいびつな構造は(もうすでに破綻しているとも言えるが)いつかは本当にダメになるだろう。

第3に、IT的コミュニケーションの時代もそろそろ破綻するだろう。

「IT化」の中でコミュニケーションの形態は変わった。
メールやブログにより、時間の壁をこえ、誰もが簡単に発信ができるようになったと言われている。画期的なコミュニケーションの手段だとも言われている。確かに色々な意味で便利になったり、個人が力を持つ時代になってきた。それは認めよう。

しかし、だ。
「コミュニケーション革命」とか言われているが、これは文字によるコミュニケーションという枠の中でしかない非常に狭いものではないのだろうか? ある一定以上の層(学歴も高く、情報機器の操作に慣れている層)にとっては水を得た魚のごとく、キーボードを前にして自分の思ったことをどんどん記述し、発信していくことができるだろう。しかし、文章が書けない人にとってはどうだろう?

文学作品にまで昇華した手紙や日記が数多くあるように、書き言葉によるコミュニケーションというのは昔からすばらしいものである。しかし、人間によるコミュニケーションの中で一番大きなものは昔から直接会った上でのフェイス・トゥー・フェイスではないのだろうか? 目の表情・声の響き・口の動き、そして相手の発する気。五感を(ときには「直感」という第六感までを)総動員して相手と接することで得られるものが、実は一番大きいのではないだろうか?

ITでのコミュニケーションというのは、五感の中でごく限られた部分しか使わない。それがさまざまな誤解をうむ温床ともなる。PCで書いた文章が他人から誤解を受けた経験は誰もがもっていることだろう。


便利だ、便利だ。
すごい、すごい。
画期的だ、画期的だ。
こういう飾り言葉の上で、この10年くらい時代は動いてきた。
そろそろ揺り戻しがくるだろう。
ITの後に何が来るか。結局、ITっていうのは神でもなければ、全てでもない。しょせんは道具にしかすぎないという達観の上で、人間対人間のこれまでの数千年の人類の歴史の延長線上の日常が繰り広げられるのだと思う。ひとに対するサービスはひとにしかできないという、ごく単純な原点に戻るだけだろう。きっと。

投稿者 watata : 2007年03月20日 23:07

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