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2007年03月19日
母親に連れて行けとせがまれ、GW後半から明けにかけてタイのバンコクに行くことが急に決まった。サラリーマン時代の1997年9月にとった現在の10年パスポートの有効期限が今年の9月までとなっており、このままだと旅行時点で有効期間の残が半年を切っているためタイに入国できないので、新しいパスポートをとることにした。インドをはじめとしてマレーシア、韓国、シンガポール、台湾、中国のスタンプが押された思い出のパスポートともお別れで、これから10年は新しいパスポートと付き合うことになる。査証欄に最初に押されるスタンプはタイのものとなる予定だが、その後どんなところに行くことになるのか楽しみだ。
これまでお世話になった10年前取得のパスポートと、今日来たばかりのパスポート。写真を見比べてみると、明らかに違う。20代と30代で違わない方がおかしいのは当然だが、じっくり見比べてみると目の表情が違うのに驚かされた。1993年、学生時代にはじめて海外に行く前にとった5年もののパスポートもあったので見比べてみたところ、これも違う。自分のことながら、こうまで人間の目の表情は変わるのだと感心してしまった。
1993年のパスポートの写真は、自分で言うのも妙だが、目つきが淀んでいる。目の前にどんよりと霞がかかったような感じで、20代前半の若者のくせに覇気が感じられない。自信のなさが前面にあらわれている。友達にはなりたくないタイプだ。
1997年の写真は、目に淀みはなくなっており、仕事を通じて自分の社会での存在意義がはっきりしてきたのが見て取れる。しかし、どこか焦点の定まらない目をしており、まだまだ自信のなさ・そして根拠のなさが顔にあらわれている。
そして、2007年の写真。
不思議なことに3枚の写真を見比べると、一番年長であるにもかかわらずこれがいちばん目が澄んでいるように感じられる。純粋さとかそういうのではなく、どこかすっきりしたような感じで、さらにはこれまであった迷いみたいなものはあまり感じられない。花粉症のせいか目が多少はれているのが難点だが、3枚の中で一番好きだ。
自分で自分を評価するのだから、主観はばりばり入っている。それでも、多少は引いた視線で、ごまかしのきかない「目」の表情のみに絞り、感覚を最大にはたらかせて評価してみた。
かつてアメリカのリンカーン大統領は「40過ぎたら自分の顔に責任をもて」と言ったとか言われている。その人の生き方が顔に全部あらわれてくるということだろう。ことばはいくらでもごまかせるが、顔、その中でも目の表情というのは長い年月の内側からわき起こってくる情動の積み重ねの上でつくりだされるものであり、けっしてごまかしはきかないのだろう。
この10年の変化をみても、少しは責任をもてる顔になってきているのかと、そんなことを思った。
投稿者 watata : 2007年03月19日 22:18
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