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    <title>辺縁</title>
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    <published>2008-04-17T06:39:38Z</published>
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    <summary>昨日、仕事仲間と飲みながら話をしていて思ったのは、自分は常に「辺縁」でありたいと...</summary>
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        昨日、仕事仲間と飲みながら話をしていて思ったのは、自分は常に「辺縁」でありたいということだ。

中心ではなく、端っこ。
大通りではなく、路地。
都心ではなく、下町。
整然とした欧米ではなく、雑然としたアジア。
理系でも文系でもない何者か。

混沌としたカオス。
カオス理論では、カオスの縁という不安定な状態から大きな変化が生まれるという。
そんなどこにも属さない端っこにいて、不安定さを身にしみながら、次代をじっと見つめていく。
そんな生き方をしたいと思った。

        
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    <title>父の死</title>
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    <published>2008-03-14T11:13:25Z</published>
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    <summary>この世に生を受けてから、はじめての経験をした。 肉親の死だ。 2008年3月3日...</summary>
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        この世に生を受けてから、はじめての経験をした。
肉親の死だ。
2008年3月3日23時30分。
父は享年65歳だった。

胃がんの手術から4年弱。
手術のときにリンパへの転移が見つかり、その後は抗がん剤をつかった闘病生活を続けていた。それでも、根が陽気で強がりな父はめげることもなく、2月の上旬に入院した後も今年の夏祭りの心配をしていた。この入院の際に担当のドクターから最後通告を受けていたぼくは何ともやりきれない気持ちになったものだった。

もう先は長くはないからと、2月上旬の入院からわずか1週間ちょっとで退院。2月中旬の父の誕生日を祝おうと、関東一円に散らばっている家族が一同に会したのが2月24日の日曜日。体調悪そうに机に伏せることも多かったが、買ってきた麻婆豆腐300gをひとりでぺろりと平らげていた。まだまだ食べられた。

そんな父に変調があらわれたのは、それからわずか数日後のこと。誕生会の日曜日も歩くのはつらそうだったものの、まだまだ自分の足で歩けていた。それがまったく歩けないと連絡が入ったのだ。それから先は早かった。木曜、金曜の自宅での必死の介護の末、3月1日土曜の朝に再入院。これが最期の入院になることは父を除く誰もが分かっていた。

2日の夜を経て、3日の朝。
朝5時から2時間半ほど、父はぐっすりと寝た。
寝息は穏やかだった。
寝る直前、父はパジャマを脱ぎ、点滴を外そうとした。
どうしたのだろうと思い聞くと、かすれた声をふりしぼるように「着替える」と言い出す。
言葉をしゃべるのもしんどいだろうに、しっかりと聞き取れる口調で言う。
なんで着替えるのかと問うと、今度は「帰る」と言い出す。
もう少しここにいて元気になってからにしようと諭すように言うと、最後に一言。
「うるせー」

父は最後まで、気はしっかりしていた。自由奔放だった。
ここまで気がしっかりしているのだから、まだまだ1週間くらいは大丈夫かもしれないとも思った。

でも、その父はその日の晩に息を引き取った。
最期はあっけないものだった。

3日深夜に逝去。
4日には、たくさんの人が弔問に訪れてくれた。
5日、通夜。
6日、告別式。
翌日から休みに入ってしまうので7日の金曜日に役所への届け出等必要な手続きを全部済ませ、8日の土曜日には名簿整理。そして9日の日曜日に初七日。

思い起こせば、3月頭からの10日間ほど、周りの変化に気配りしている余裕もなかった。
はじめての経験ばかりで、気もはりつめまくっていた。
それがほっと一息つくと、凍てつくような寒さは消え、上野公園の入り口の早咲きの桜はすでに花をつけている。

告別式からもう一週間が経つが、体の奥底にこびりついた疲れはまだひどく残っている。
頭もぼーっとしたままだ。
肉親の死という極端な非日常。
そこから回復するには、少し時間がかかるかもしれない。

通夜・告別式には喪主として臨んだのだが、本当に色々なひとに助けられた。
精神的に支えてくれた人、分からないところをサポートしてくれた人、金銭的に助けられた人。
地縁・血縁といった人と人との密なつながりは得意ではなくむしろ回避していたのだが、こういう密なつながりこそがこういった極端な非日常のときに生きてくるのだと今回の一連の流れを通じて深く考えさせられた。

4月19日の四十九日が終わり、ほっとしたときに、自分の中で何かが変わっているかもしれない。

        
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    <title>メガウェンディーズ</title>
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    <published>2007-12-16T01:04:16Z</published>
    <updated>2007-12-16T01:21:16Z</updated>
    
    <summary>メガブームは止まるところを知らない。 「メガ」やら「デカ盛り」やらが、メディアで...</summary>
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        メガブームは止まるところを知らない。
「メガ」やら「デカ盛り」やらが、メディアでも頻繁に取り上げられる。ハンバーガー業界ではマクドナルドのみが謳歌しているようにみえたメガブームだが、ここに来て中堅のハンバーガーチェーン「ウェンディーズ」も乗ってきたようだ。名付けて「スーパーメガウェンディーズ」。

昨日、新宿で忘年会があり、たまたま入った居酒屋の真ん前でウェンディーズが看板を出しているのを見て、ついつい食べてみたくなった。1個500円。飲み終わった後、ついつい衝動で買って帰ってしまった。

スーパーメガウェンディーズは、メガマックとは違う。
ウィンディーズのハンバーガーパテはマクドナルドとは違い、以前から新鮮さや味を誇っている。実際、食べてみると、肉にマクドナルドのようなぱさぱさ感はなく、しっとりしていておいしい。もちろんその分、値はあるのだが、マクドナルドとウェンディーズがあれば、ぼくは迷わずウェンディーズに入る。そのくらいの味の違いはあるわけだが、メガになっても、それは変わらない。マクドナルドの「メガ」は、正直言って味気ない。メガマックにせよ、メガてりやきにせよ、メガたまごにせよ、ただ単に従来のビッグマック、てりやきマックバーガー、月見バーガーを厚くしたというだけで、ぱさぱさした肉の歯ごたえがその分増しているだけなのだ。新鮮な感動がない。それに対して、スーパーメガウェンディーズはステーキ屋で分厚いステーキを食べたような感動がある。パンの間にはさまった肉は分厚く、ジューシーで、とにかく肉の味がするのだ！

そんなスーパーメガウェンディーズも欠点がある。1個で900キロカロリーくらいあるらしい。それだけを食べるのは百歩譲ってよしとしても、べろんべろんに酔っぱらった状態で食べるのはもしかしたら難があるかもしれない。ダイエットの敵、メタボの友達。それがスーパーメガウェンディーズなのだ。

ウェンディーズがこんなことをやるなんて珍しいと思って調べてみると、いつの間にやらウェンディーズはゼンショーグループに入っているらしい。ゼンショーといえば、すきやのメガ牛丼。なるほどと納得した。

メガたまご、メガとまと、テラ豚丼、そしてスーパーメガウェンディーズ。
世界はメガであふれている。

        
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    <title>アキバのヤマダ</title>
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    <published>2007-12-15T06:33:26Z</published>
    <updated>2007-12-15T07:10:49Z</updated>
    
    <summary>小学生の頃、母親に秋葉原に連れてこられたことがある。 当時普及をしはじめた電子レ...</summary>
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            <category term="アキバ情報" />
    
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        小学生の頃、母親に秋葉原に連れてこられたことがある。
当時普及をしはじめた電子レンジと、ジュースミキサーを買うためだ。それまで秋葉原には足を踏みいれたことはなかった（正確に言うと、小さな頃に交通博物館に連れて行ってもらったことはある）が、噂ではたくさん聞いていた。日本最大の電気の街。電気製品がなんでもそろっている。しかも、安い。当時テレビのゴールデンタイムには、石丸電気やサトームセンなど、秋葉原に本拠をおく電気店のCMがひっきりなしに流れていた。

それから30年弱。
一世を風靡した巨大小売店は、いまやまったく勢いをなくしてしまった。サトームセンもオノデンも、秋葉原の名主とも言われていたらしいラオックスも、表通りにはまったく看板を見なくなった。その中で勢力を広げてきているのが、秋葉原駅をはさんで中央通りの北側に店舗をはりめぐらす青い看板のソフマップと、同じく中央通りの南側に多数店舗をかまえる石丸電気だ。とはいえ、両者ともすでにかつてのソフマップ、かつての石丸ではない。ソフマップはビックカメラグループとなっているし、石丸電気はエディオングループとなっている。

現在の家電量販店の売上高でベスト５に入るのが、ヤマダ電機、ヨドバシカメラ、コジマ、ビックカメラ、エディオンである。うち、数年前に本社機能をもつ旗艦店をひっさげて秋葉原に進出したヨドバシカメラは圧倒的な存在感を示し、いまやアキバのシンボル的な存在にまでなっている。ヨドバシオープン後には、ヨドバシvs秋葉原電気街という図式が見て取れたが、その後の再編を経て、いまや秋葉原はヨドバシカメラvsビックカメラvsエディオンという、巨大量販店どうしの仁義なき戦いの場となっている。

そんな秋葉原に昨日、殴り込みをかけるかのようにオープンしたのが、駅前のヤマダ電機だった。
アキバにいながら、アキバ動向に疎かったようで、ヤマダがオープンするなど、昨日までまったく知らなかった。ただ、夕方にオフィスを出て色々なものを物色しようと近所のソフマップに入ってみたところ、異様な雰囲気を感じたのだった。ビックカメラグループとはいえ、ビックカメラ本体のようにがつがつしたポイント商法を、ソフマップは長いことしていなかった。ポイント還元したとしてもせいぜい5%とかそんなものだったのだが、昨日は「他店対抗20%ポイント還元」という文字が値札に躍っていた。安くなるのはうれしいことだが、この時点では何が起こっているのかまったく分からなかった。

それでは石丸に行ってみようと、石丸の本店に行ってみると、同じように他店対抗の値札が出ている。ヨドバシが何かやってるのかと思い、ヨドバシにでも行ってみようと、今度は秋葉原駅前に足を向けた。すると、秋葉原の駅前、いつもメイドさんがビラを配っているあたりに、見慣れない店ができている。しかし、そのロゴはよく見る。テレビのCMでおなじみのヤマダ電機だ。一瞬、目を疑ったが、納得した。なるほど。自分が知らないうちに、アキバにヤマダができていたのだ。ソフマップや石丸で感じた異様な雰囲気は、まさに「ヤマダ対抗」だったわけだ。

入ってみると、昨日オープンだったこともあり、店内はものすごい熱気だ。オープン記念セールで、かなり安い値段で色々なものが売られている。デジカメ、パソコン……。あとで価格コムの値段と比較してみたのだが、まったく遜色のない値段で売られているものも多数あり、中にはポイント還元で購入した場合、価格コムの値段よりも大幅に安いものも多々あった。

ヨドバシ、ビック、エディオンに続いて、とうとうヤマダもアキバにやってきた。
さらなる仁義なき闘い。

ヨドバシは「新宿西口駅の前♪」だった。
ビックカメラは「高くそびえるサンシャイン♪」だった。
ヤマダは埼玉のぼくの田舎の方でこそ昔からあったが、田舎にちょっとした勢力をもつ電気屋さんだった。
電気街の本丸だった秋葉原は衰退し、外様にどんどん攻め込まれている。店の個性、街の個性って何なのだろうと、ちょっと寂しい思いをした週末だった。


        
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    <title>250万円で何が買えるか？</title>
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    <published>2007-10-28T22:52:45Z</published>
    <updated>2007-10-28T23:10:10Z</updated>
    
    <summary>250万円で何が買えるのだろうか？ 赤坂のアメリカ大使館にほど近いホテルオークラ...</summary>
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        250万円で何が買えるのだろうか？

赤坂のアメリカ大使館にほど近いホテルオークラの宿泊料が、いちばん安価な部屋の定価ベースで3万5千円だそうだ。250万円でおよそ70日宿泊可能となる。

不動産サイトを調べたところ、アメリカ大使館の最寄り駅溜池山王周辺で1LDKの1ヶ月の賃料が25万円。250万円あれば、1年間住むことができる。

溜池山王駅に直結していてNTTドコモの本社が入っている高層ビル、山王パークタワー。あれだけのビルになると、賃貸料の坪単価は周辺の小規模ビルの2倍以上となるので、どう安く見積もっても坪3万円をくだらない。250万円あれば、80坪の部屋を1ヶ月借りることができる。うちのオフィスが20坪なので、80坪といえば中規模オフィスといったところか。

兵器の値段でいうと、アメリカのM1戦車に搭載されている劣化ウラン徹甲弾が1発で5000ドルするそうだ。1ドル＝120円とすると、およそ60万円。250万円あれば、4発撃てる。

ミサイルはよく分からないが、「AAM-4 ファルコン空対空ミサイル セミアクティブレーダー誘導型」というものが一発1万ドルするそうだ。250万円で2発撃てる。



今朝の朝日新聞をみると、「米大使館　地代10年滞納」という記事がトップに載っていた。
赤坂の国有地を年額250万円で貸していたそうだが、10年前に値上げ交渉をしたところ交渉は決裂し、それから滞納が続いているそうである。赤坂で年額250万円という値段にも驚くが、テナントのアメリカさんは果たして支払能力がないのだろうか。どの顔で居座ろうとしているのか。

世界最凶のテロ国家は民暴以上にタチが悪い。

        
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    <title>冷蔵庫にふと思ったこと</title>
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    <published>2007-10-28T05:45:20Z</published>
    <updated>2007-10-28T06:35:33Z</updated>
    
    <summary>冷蔵庫を買い換えようと考えたのは今年の夏のことだった。 上に電子レンジを置いてい...</summary>
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            <category term="雑感" />
    
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        冷蔵庫を買い換えようと考えたのは今年の夏のことだった。
上に電子レンジを置いているために目立つことはないが、電子レンジをどかしてみると、常時1mmくらいの厚さの水の層ができている。結露しているのだ。常時冷えている冷蔵庫に水滴が見られるとなると、これはやばいかもしれない。部屋の模様替えで冷蔵庫の横を居住空間にしたところ、冷蔵庫の音や振動が気になるようになってきたし、そろそろ買い換え時かもしれないと思ったのだった。

思い出してみると、この冷蔵庫との付き合いは古い。
1988年。バブルのまっただ中でまさに昭和が終わろうとしていた、そして共通一次もセンター試験に衣替えしようとしていた年に大学に入学し、生まれてはじめての一人暮らしをはじめた。そのときに小さな冷蔵庫を買ったのだが、その後の2回の引っ越しを経て、5年も経たないうちに使い物にならなくなってしまった。引っ越しを友人に頼んで行ったために、冷蔵庫の取り扱いに失敗し、フロンガスが抜けてしまったのかもしれない。仕方がないので、大阪の阪急池田駅前にあるダイエー（今は存在しているかどうか分からないが）に行き、買い求めたのがいま自宅のキッチン横に鎮座している、小さな白い冷蔵庫だ。メーカーはColtina。聞いたことのないメーカーだ。学生生活の間だけもてばいいくらいの気持ちで、お金もなかったし一番安いものを買い求めたのだが、これがことのほか丈夫で15年たった今でも元気に動いている。

さて、買い換えるとなると、値段が気になる。夏以降、液晶テレビ、デスクトップの自作パソコン、エアコン、掃除機、ソファと、立て続けに出費をし続けたので、大きな出費は控えたい。そこでまずアキバのヨドバシに行って調べたみたのだが、思ったよりも高い。冷凍庫と冷蔵庫が２つに分かれた120リットルくらいの小型冷蔵庫で配送料込みで4万近くする。現在使用中の冷蔵庫を廃家電として引き取ってもらうとなると、それにプラス5000円だ。冷蔵庫に5万弱。3万くらいをメドに考えていたため、ちょっと予算オーバーだ。

そんな中、救世主が現れた。今月26日からはじまったアキバの石丸電気のリニューアルセールだ。11月頭までオープン記念セールとして、シャープ製の小型冷蔵庫が2万6千円くらいで売り出されている。家電小売店の競争はおもしろいもので、石丸がセールを始めるのと同じタイミングで各量販店がこぞって値下げをはじめた。アキバのソフマップ（新しくできた店は家電店になってしまった……）でも同じ型の冷蔵庫が2万6千円。近所のコジマでも2万6千円だ。試しに、近所のケーズデンキに行ってみたところ、同じ型の冷蔵庫が配送料込みの2万5千円で売っているのではないか！　リサイクル料金が5380円なので、試しにリサイクル料金込みでジャスト3万円にならないか交渉してみたところ、すんなり通った。というわけで、近所のケーズデンキで冷蔵庫を買うことにした。

ここで小さな問題が発生する。
家電リサイクル料金の5380円というのは、日本メーカー製の冷蔵庫を引き取る場合にのみ適用される料金らしいのだ。ダイエーのプライベートブランドのColtinaとなると、どこのメーカー製かも分からない。だから、この料金よりもリサイクル料金がかかるというのだ。それも、料金がいくらかかるかというのは回収業者による徴収になるので、回収の日にならないと分からないという。そんな馬鹿なことはない。リサイクル料金で5380円かかるというのは冷蔵庫売り場に大きく表示されているが、日本メーカーに限るなどということはどこにも記されていない。家電リサイクル法が施行されたときも、そんな話、聞いたこともない。そして、購入時点でリサイクル料金がいくらかかるか分からないなんて、そんなふざけた話はない。店頭でごねたところ、担当者が問合わせてくれたらしく、リサイクル料金は6100円だということが分かり、その場でプラス分を支払い、話はどうにか収まった。しかし、日本メーカーに限るリサイクル料金というのは腑に落ちない。中国のハイアールやアメリカのGE製の家電を最近では量販店で見かけるが、それらを買うときにはきちんと注意事項として語られるのあろうか？

腑に落ちないながらも、安く冷蔵庫を買えたことに満足し、ケーズデンキから自宅に自転車で帰路につく。途中にある首都大学東京荒川キャンパスの前を通ると、中からやかましいバンドのがなりたてる音楽が聞こえてきた。校門が開け放たれ、活気づいているこの雰囲気。何か懐かしい。学園祭をやっているようだ。校門横に自転車をとめ、ふらりと寄ってみることにする。

手作りの看板。手作りのパンフレット。焼きそばやら焼き鳥やら、安っぽいものばかりが売られており、100円・200円の商売をしているのだが、やっている側はむちゃくちゃ楽しそう。自分のいまの仕事や生活をみてみると、クオリティを求められる印刷やデザインなどは金を出して外注するし、お金を出して食べられるおいしいものはたくさん知っている。これはこれですばらしいことなのだが、こういう小さな手作り感覚の楽しみというのもいいよなーなどと、学祭の盛り上がりを見ていると感じ入ってしまう。ノスタルジーにひたるなんて、感性がおじさんになってきたのかもしれない。

学生時代から使い続けてきた冷蔵庫は火曜日にうちを去ってゆく。
ただ単に冷蔵庫を買い換えたかっただけなのだが、大学祭に立ち寄ったことで、変に感傷にひたってしまった。たかが古い冷蔵庫から、学生時代のバカで世間知らずだった頃の、ひとにたくさん迷惑をかけた頃のことを思い出してしまった。

家に帰り、サークルボックスのあった明道館がどうなっているのか気になって、ふと検索してみた。ぼくらが在籍した当時、ぼろぼろでどうしようもなかった建物。立て替えの話が出てきては消えているが、いい加減もう存在しないだろうと思っていたのだが、見事にまだ現役で存在しているようだ。変わらないものは変わらないのだと、感心してしまった。

時は流れる。
自分は老いる。
自分の歩んできた道は
あとから歩む者のためのけものみちとなる。

時代は変わる。
それでも
変わらず姿をとどめるものはある。
それを残すために
それを伝えるために
何をするかが
いま歩んでいるぼくらの使命なのかもしれない。

変わらないものを変わらないものとして残すために
ぼくらは変わらなければならないのかもしれない。

        
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    <title>ミャンマー</title>
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    <published>2007-09-29T01:40:38Z</published>
    <updated>2007-09-29T02:19:38Z</updated>
    
    <summary>1989年。1月7日早朝に昭和天皇が亡くなり昭和が終わったこの年、ぼくは二十歳だ...</summary>
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            <category term="アジア" />
    
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        1989年。1月7日早朝に昭和天皇が亡くなり昭和が終わったこの年、ぼくは二十歳だった。国全体が喪に服す感じで、国内には全体主義的でいやな動きを感じた（ただ、昭和天皇の葬儀「大喪の礼」は休日となったので、うれしかった）が、いざヨーロッパに目を転じてみると、夏頃から激動ともいえる動きがあった。東欧の民主化だ。ベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一ばかりがこの当時の出来事として取り上げられるが、同時代を生きた身としては、それ以外にも毎日新聞やテレビを目にするごとに刻々と政治体制が変わっていく東欧の状況は、見ていて鳥肌ものだった。時代はこうして動くのかと、身にしみて感じた。最初は小さな動きだったものが、呼応する者たちが集まる中でやがては怒濤のうねりへと転化していく。それが20世紀終わりの頃のヨーロッパだった。

いまテレビや新聞を見ていると、ミャンマーの動きが取り上げられている。
仏教僧によるデモは1週間ほど前から見かけるようになったが、一昨日の日本人殺害を機に国内での注目は俄然大きくなってきたように感じる。最初はぼくも「坊さんがデモしてるから、珍しさで取り上げられているのか」と思っていたが、ここ数日ミャンマーの現実が事細かに取り上げられるようになると、どうも違うと感じるようになってきた。もしかしたら、これは大きな動きなのかもしれないぞ。

知ってのとおり、ミャンマーは「ビルマ」だ。
「ビルマの竪琴」で取り上げられた地であり、太平洋戦争中には日本軍が大挙して押し寄せていた地でもある。そのビルマが1988年の軍事クーデターで軍事政権の国となり、国名を「ミャンマー」と変えた。以来、19年の間、軍事独裁を続けており、ノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スーチーさんなどはヤンゴン（昔はラングーンと言った町）で軟禁生活を送っている。

北朝鮮なみかどうかは分からないが、軍事政権である以上、公平に民意など反映されるわけがない。軍部上層部がどんどんと私腹をこやしていく姿は、人々が見ていてとてもおもしろいものではなかっただろう。かといって、選挙のように民意を反映するシステムがない以上、どうしようもない。ちょっとでも逆らおうものなら、軍部に目をつけられて、下手をするとその場で殺されかねない。そんな恐怖政治の中にあったこの国で、人々が立ち上がった。

仏教僧による抗議活動からはじまったものが、一般の人々もまきこみ、ヤンゴンでのデモは日に日に勢いを増しているようである。そして、そんな中、人が殺された。圧政に抗議し、ただ自分たちは平和的に訴えていただけなのに、武器をもった支配者の手先にひとり、またひとりとなぎ倒されていった。

この状況を日本はどう考えるのだろうか？
ミャンマーへの援助額は、日本が一位であると聞く（援助されたものが、現地のひとのために使われているかどうかあやしいとこだが）。しかし、肝心の政府首脳は福田首相をはじめとして、誰も行動を起こそうとしない。経済制裁を決めれば影響力は多いだろうに、まったく動こうとしていない。アジアの中の一因であるにもかかわらず、経済的に大きな影響力をもっているにもかかわらず、動こうとしない。最近の日本は対米追従で国際的にはまったく顔が見えなくなっているのに、さらに顔を見せようとしない。せっかくの機会なのに、何をやっているのだろう……。

しかし、日本が動こうが動くまいが、確実に時代は動くだろう。

1975年に戦争が終結したベトナムは、それから30年たった今では日本人旅行者が安心して訪れる国になっている。インフラも整い、かつては「秘境」に近い国だったが、最近では格安のパックツアーも数多く見られるようになってきている。

1991年に内戦が終結したカンボジアは、それから15年がたち、徐々に日本人観光客も増えてきている。プノンペンやアンコールワットの観光パックツアーも最近では見かけるようになってきた。

そして、ミャンマー。

圧政や混乱が続いていた東南アジアの国々がどんどんと方向転換してきている。
元々は多くの言語と多くの民族と多種多彩な自然をもつ、すばらしい地域だ。60年前の「大東亜共栄圏」ではないが、この地域が互いに手をとってやっていけたら、どんなにすばらしいだろうと思う。今回のミャンマーの動きが、近い将来のステキなアジアにつながることを夢見ている。

        
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    <title>桜の神田明神</title>
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    <published>2007-03-29T04:29:42Z</published>
    <updated>2007-03-29T04:52:22Z</updated>
    
    <summary>ぽかぽか陽気の昼休み。 オフィスの真裏の神田明神にふらりと行くと、たくさんの人で...</summary>
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        <![CDATA[ぽかぽか陽気の昼休み。
オフィスの真裏の神田明神にふらりと行くと、たくさんの人で賑わっていました。
「千代田のさくらまつり」
神田明神をぐるりと囲むように立ちつくす数々のソメイヨシノの木々は見事なまでに淡いピンクの花びらで覆い尽くされていました。

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寒空の下、初詣客で賑わう神田明神もいいですし、最高に寒い中、節分の豆まきで賑わうこの境内も好きですが、やはり一番好きなのはこの時期のこの神社です。うっすらとした桜の花に本殿も映えて見えます。

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ランチタイムのOLもここぞとばかりに桜の木の下に陣取っています。プチ花見でしょうか。

<img alt="kanda-sakura2007-3.jpg" src="http://watata.com/blog/kanda-sakura2007-3.jpg" width="320" height="240" />

東京では、晴天は今日まで。明日から天気は下り坂で、あさっての土曜には雨との予報。
最高の花見日和は今日かもしれません。
神田明神、千鳥ヶ淵、上野公園、隅田公園、谷中墓地、飛鳥山公園……。
まだ風邪が残って咳き込んでいるものの、雨で散らないうちに今日の帰りにでも散歩をしてみようかとふと思ったりしました。
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    <title>ITの時代はまもなく終わる</title>
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    <published>2007-03-20T14:07:13Z</published>
    <updated>2007-03-20T14:45:08Z</updated>
    
    <summary>またまた大それたタイトルで記事を書いてみる。 なんとなく思っていることなので決し...</summary>
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        またまた大それたタイトルで記事を書いてみる。
なんとなく思っていることなので決して整理されているわけではない。ただ、こう思うし、こうなるのが世の中の正しい方向のような気がしている。

まず第一に、いま世間で言う「IT」の時代は終わる。
2000年前後からITという言葉がもてはやされ、ITベンチャー・IT企業というようにあたかも「IT」というカテゴリが産業の中にあるかのように語られてきている。だが、経済産業省による産業の分類をいくらみても「IT」などという分類項目はないのだ。

そもそもITという言葉が使われ出した背景には90年代中盤以降のインターネットの普及、そこから勃興してきた数々の企業群がある。別名「ネットベンチャー」と言われている会社群だ。インターネットをつかって商売をすることから「IT」とくくられているが、実際の中身はどうか。楽天などは自社のもつショッピングモールの場所貸しであり、「パルコ」と同じ業態だ（「パルコ」は業種区分的には小売業ではなく不動産業になると聞く）。サイバーエージェントなどは広告屋だ。かつてのライブドアなどは色々やりすぎていて何だか分からなかったりするが、株屋だったり場所貸しだったり、様々な業態が複合したコングロマリットみたいなものだ。

ITという言葉を冠すると斬新なように聞こえる。確かにインターネットを使ったという点では斬新なのだろうが、経済産業省の業態区分に照らし合わせると、何のことはないこれまで他の媒体をつかって行っていた仕事をインターネットに置き換えているだけだったりする（もちろんインターネットだからこそできてきた新しいものがあることは否定しない）。何を好きこのんで「IT」などというとらえどころのない言葉を使う必要があるか、だ。

第2に「IT」が主役になる時代は終わる。

いかにもな感じで「IT」がもてはやされているが、ITっていうのはそもそもは情報技術であり、社会の基盤である。基盤というのは社会を支えるものであり、縁の下の力持ちだ。過剰に表に出るものではない。たとえていえば、製造業に対する産業機械や金型工場みたいなものだ。出版業に対する印刷工場やインク屋みたいなものだ。情報技術というのは効率化を高めるという意味で産業に貢献するが、それ以上ではない（もちろんPCやPCソフトなどコンシューマー向けのものは日の目を見るだろうが）。

そこを勘違いしている輩が多すぎる。コンピュータの歴史というものを分かっていない。コンピュータ屋、IT屋というのは、産業を支えてなんぼ。裏方の仕事なのだ。裏から支え、貢献し、それが社会を変える原動力になっていく中にこそ、楽しみや誇りを見いだせる業種なのだ。道路をつくる人、橋をつくる人、トンネルをほる人、中東からタンカーで原油を運ぶ人と一緒だ。現在は主役になろうという連中があまりにも多すぎる。このいびつな構造は（もうすでに破綻しているとも言えるが）いつかは本当にダメになるだろう。

第3に、IT的コミュニケーションの時代もそろそろ破綻するだろう。

「IT化」の中でコミュニケーションの形態は変わった。
メールやブログにより、時間の壁をこえ、誰もが簡単に発信ができるようになったと言われている。画期的なコミュニケーションの手段だとも言われている。確かに色々な意味で便利になったり、個人が力を持つ時代になってきた。それは認めよう。

しかし、だ。
「コミュニケーション革命」とか言われているが、これは文字によるコミュニケーションという枠の中でしかない非常に狭いものではないのだろうか？　ある一定以上の層（学歴も高く、情報機器の操作に慣れている層）にとっては水を得た魚のごとく、キーボードを前にして自分の思ったことをどんどん記述し、発信していくことができるだろう。しかし、文章が書けない人にとってはどうだろう？

文学作品にまで昇華した手紙や日記が数多くあるように、書き言葉によるコミュニケーションというのは昔からすばらしいものである。しかし、人間によるコミュニケーションの中で一番大きなものは昔から直接会った上でのフェイス・トゥー・フェイスではないのだろうか？　目の表情・声の響き・口の動き、そして相手の発する気。五感を（ときには「直感」という第六感までを）総動員して相手と接することで得られるものが、実は一番大きいのではないだろうか？

ITでのコミュニケーションというのは、五感の中でごく限られた部分しか使わない。それがさまざまな誤解をうむ温床ともなる。PCで書いた文章が他人から誤解を受けた経験は誰もがもっていることだろう。


便利だ、便利だ。
すごい、すごい。
画期的だ、画期的だ。
こういう飾り言葉の上で、この10年くらい時代は動いてきた。
そろそろ揺り戻しがくるだろう。
ITの後に何が来るか。結局、ITっていうのは神でもなければ、全てでもない。しょせんは道具にしかすぎないという達観の上で、人間対人間のこれまでの数千年の人類の歴史の延長線上の日常が繰り広げられるのだと思う。ひとに対するサービスはひとにしかできないという、ごく単純な原点に戻るだけだろう。きっと。

        
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    <title>顔。</title>
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    <published>2007-03-19T13:18:19Z</published>
    <updated>2007-03-19T13:43:08Z</updated>
    
    <summary>母親に連れて行けとせがまれ、GW後半から明けにかけてタイのバンコクに行くことが急...</summary>
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        母親に連れて行けとせがまれ、GW後半から明けにかけてタイのバンコクに行くことが急に決まった。サラリーマン時代の1997年9月にとった現在の10年パスポートの有効期限が今年の9月までとなっており、このままだと旅行時点で有効期間の残が半年を切っているためタイに入国できないので、新しいパスポートをとることにした。インドをはじめとしてマレーシア、韓国、シンガポール、台湾、中国のスタンプが押された思い出のパスポートともお別れで、これから10年は新しいパスポートと付き合うことになる。査証欄に最初に押されるスタンプはタイのものとなる予定だが、その後どんなところに行くことになるのか楽しみだ。

これまでお世話になった10年前取得のパスポートと、今日来たばかりのパスポート。写真を見比べてみると、明らかに違う。20代と30代で違わない方がおかしいのは当然だが、じっくり見比べてみると目の表情が違うのに驚かされた。1993年、学生時代にはじめて海外に行く前にとった5年もののパスポートもあったので見比べてみたところ、これも違う。自分のことながら、こうまで人間の目の表情は変わるのだと感心してしまった。

1993年のパスポートの写真は、自分で言うのも妙だが、目つきが淀んでいる。目の前にどんよりと霞がかかったような感じで、20代前半の若者のくせに覇気が感じられない。自信のなさが前面にあらわれている。友達にはなりたくないタイプだ。

1997年の写真は、目に淀みはなくなっており、仕事を通じて自分の社会での存在意義がはっきりしてきたのが見て取れる。しかし、どこか焦点の定まらない目をしており、まだまだ自信のなさ・そして根拠のなさが顔にあらわれている。

そして、2007年の写真。
不思議なことに3枚の写真を見比べると、一番年長であるにもかかわらずこれがいちばん目が澄んでいるように感じられる。純粋さとかそういうのではなく、どこかすっきりしたような感じで、さらにはこれまであった迷いみたいなものはあまり感じられない。花粉症のせいか目が多少はれているのが難点だが、3枚の中で一番好きだ。

自分で自分を評価するのだから、主観はばりばり入っている。それでも、多少は引いた視線で、ごまかしのきかない「目」の表情のみに絞り、感覚を最大にはたらかせて評価してみた。

かつてアメリカのリンカーン大統領は「40過ぎたら自分の顔に責任をもて」と言ったとか言われている。その人の生き方が顔に全部あらわれてくるということだろう。ことばはいくらでもごまかせるが、顔、その中でも目の表情というのは長い年月の内側からわき起こってくる情動の積み重ねの上でつくりだされるものであり、けっしてごまかしはきかないのだろう。

この10年の変化をみても、少しは責任をもてる顔になってきているのかと、そんなことを思った。

        
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    <title>ごちゃごちゃの家庭内LAN</title>
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    <published>2007-02-27T04:38:30Z</published>
    <updated>2007-02-27T04:59:15Z</updated>
    
    <summary>どうでもいい話なのだが、先日、32インチの液晶テレビを買った。 「テレビなんか2...</summary>
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        どうでもいい話なのだが、先日、32インチの液晶テレビを買った。
「テレビなんか2011年のぎりぎりまで買い換えねーよ、こんちくしょー」などと、ちょうど1年前には思っていたのだが、いとも簡単に翻ってしまうのは優柔不断なためか、はたまた世の中に流されやすいからか。去年11月に肉離れを起こして自宅にひきこもっていたあたりからハイビジョン薄型テレビが欲しいという気持ちがふつふつとわき始め、およそ3ヶ月ぶりの買い物。近所を自転車で走り回りコジマ、ケーズデンキの価格をチェックし、続いてアキバヨドバシ、有楽町ビック。価格交渉の末、価格コムの最安値とほとんど変わらない価格でケーズデンキで手に入れたのだった。配送・設置付き、5年保障込みだから、いい買い物をした。

どうでもいい話なのだが、土曜日にWiiを買った。
今年までデザイン専門学校の学生をやってるえびの卒業展示を見に渋谷に行った帰り、たまたま立ち寄った新宿西口のヨドバシで、たまたま入荷していた。品薄で手に入れるのがDS並に難しいWiiが「緊急入荷」（緊急なわけはなく、あらかじめ予定されているはずなのだ……）と店内放送が流れたのを聞き、1分熟慮した末に列に並んだ。チャンスというのは、去ってから後悔したのでは遅いのだ（笑）。

ワールドカップ前に買ったのは東芝のHDDレコーダーだった。
一昨年の11月、今のように爆発的なブームを呼ぶ直前の時期に買ったのがNintendo DSだった。

テレビ、Wii、HDDレコーダー、DS。
一見何のつながりもなさそうなこれらの機械だが、すべてネットワークに接続するという点で共通している。
何年か前に韓国に行ったときにLGのショールームでインターネット接続機能つきの冷蔵庫を実際に見てみたときには、「こんなもん本当に必要なのか」と首をかしげたものだが、最近ネットワーク接続機能を売り物にして発売されている家電やゲーム機には積極的な理由がある。テレビはデジタルテレビの双方向機能を使うのにネットを利用する（本当に使うかどうかは別にして）。HDDレコーダーは（特に東芝のものは）インターネット経由で録画予約ができるという優れものである。DSは言わずとしれた対戦機能等を盛り込んでいる。Wiiはネット対戦の他に、ファミコンやメガドライブ、PCエンジン等往年の名作ソフトをネット経由で購入して遊べるという機能がついていたりする。

こうなってくると、忙しいのは配線である。
Wiiなどは無線LAN機能がついているが、無線がつかえない家庭などでは有線で配線しなければならない（Xbox360やPlaystation3などは有線だったりする）。かくして、ただでさえ色々な機器であふれるテレビの周りは、さらにネットワーク配線でごちゃごちゃになるのであった。

この配線の煩雑さ、どうにかならないものだろうか……。
いちいち家の中をLANケーブル引き回すのも面倒だし……。
テレビの周りにネットワーク用のスイッチングハブを置くなどという、数年前では考えられなかったことが現実のものになりつつある。

AV機器の機能が充実してくるのはいいが、その裏でどうしようもないごちゃごちゃとたこ足配線が生じてきている。これを解決できれば儲かるのだろうなどと、どうでもいいことを妄想してみるのであった。

        
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    <title>自宅マンション、ひかり電話＆ネットが不通！</title>
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    <published>2007-01-29T04:00:38Z</published>
    <updated>2007-01-29T04:47:08Z</updated>
    
    <summary>「電話はつながる」という常識が危機に瀕している。 噂では聞いていた事態が自分の身...</summary>
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        「電話はつながる」という常識が危機に瀕している。
噂では聞いていた事態が自分の身にふりかかって、危うさが実感されてきた。

話は金曜の晩に始まる。
深夜に自宅に帰ってみると、ネットにつながらない。機器をみると、赤いランプが点滅している。何度再起動しても症状は変わらない。もしやと思い電話をとってみたところ、不通になっている。思った。「集合装置が壊れている」

NTTのBフレッツをはじめとして光ファイバのサービスにはいろいろなコースが用意されているが、マンションへの引き込みの場合、共用部分に「集合装置」を設置し、そこから構内にはりめぐらされている電話線や電力線をつたって分配されるのが普通だ。建物に引き込んだ光ファイバは複数戸での共用となるため、戸建てに引き込むプランより価格は割安に設定されている。一方で、このプランが危険をはらんでいることは、以前から指摘されていた。

戸建てやオフィスへの引き込みであれば、故障が起こるのは住戸内の機器か局側の機器のいずれかだ。故障かなと思ったとき、自宅の機器の再起動・局側機器の再起動等で済む簡単な症状の場合、深夜であっても受け付け・対処は容易だ。これがマンションプランとなったら、もうひとつ「集合装置」という厄介なものが加わる。これが置かれているのは共用部分で、共用部分の鍵はたいていそのマンションの管理人が持っている。深夜に故障が発生したとしても管理人をたたき起こすわけにもいかず、必然、集合装置のメンテは翌日の朝以降に行われることになる。この「集合装置」の故障にあう確率は雷に打たれる確率よりもどうやら高そうなのは、ネットに散見される様々な書き込みからも認識していた。しかし、自分の身にふりかかるとは……。

故障かなと感じて、NTTの故障受け付けに深夜電話したみた。案の定、故障だった。翌日朝以降の対応となるという。しょうがない。ネットにつながらないので、ふて寝を決め込む。

翌土曜日朝、NTTから電話があったのは朝10時頃だった。管理人さんと連絡がとれなくて、共用部分があけられない。連絡がとれるまで対処ができないという内容だった。そんな馬鹿な……。ネットだけならまだしも、自宅では「ひかり電話」も契約している。電話である。電話だ。黒電話の昔から、電話というのは大事なインフラであり、故障はほとんど起こらないという安心感があった。先日来のNTT東日本・西日本で相次いで起こった大規模なトラブルならまだしも、「管理人がつかまらない」ことが理由に電話が通じないのである。このインフラの脆さは、いったい何なのだ……。

11時過ぎに管理人がつかまったとの連絡あり。その後、外をほっつき歩いていたため、携帯に連絡があったことに気付かずやり過ごす。NTTから何度か連絡があったようだが、留守電に何も入っていなかったため、特に折り返すこともなかった。夕方に自宅に着くと機器のランプは正常に戻っていたので、治ったものと思い、普通にインターネットを使っていた。昨日、日曜の夕方までは何の問題も起きてはいなかった。

そして、昨日。
急にネットが切断された。何だろうと思い、機器の再起動をしてみても症状は変わらない。どうもランプの点滅の仕方からすると、金曜深夜と同じ症状のように思える。案の定、電話はつながらない。またNTTに電話を入れてみた。「金曜と同じ症状」と言ったにもかかわらず、担当者は「金曜の症状って何ですか？」ととぼけたことを言ってくる。何ということだ……。対応の履歴もきちんと残して、検索できるようになっていないのか。きちんと履歴を調べろといったん電話を切ったところ、しばらくして折り返し電話がかかってきた。確かに金曜にそういう症状はみられたと確認。ただ、この症状はマンション共用部の電源系統が原因で、電源系統の故障にともない集合装置に電気が送られていないとのことだった。機器をいじっているときに一時的に復旧したのだが、本格的な復旧は電源部分が治るまで難しいとのことだ。そんな連絡、こちらは受けていなかったのだが……。

NTTの対応が粗末なのはいつものことなので置いておいても、こんな危ういものは「インフラ」にしてもいいのだろうか？　携帯電話があるから気付いてすぐに連絡できたわけだし、自宅で仕事をしているわけではないから自宅の電話・FAXが故障になっても特段不都合はなかったわけだが（ネットの不通は痛いが、オフィスに来ればいいだけだ）、携帯をもたない人・自宅で仕事をしている人の場合はかなりの問題が出てくるのではないだろうか。携帯をもたずひかり電話だけに頼っている家庭で110番などの緊急通報をする場合にはどうすればいいのだろうか？

ひかり電話をはじめとした、いわゆる「IP電話」でも、これまで使っていた電話番号をそのままに移行できるのが普通になっている。これまでの番号で移行できるIP電話サービスを提供する通信事業者が認可される条件として、総務省は110番、119番などの緊急通報につながることという条件を課している。たとえ通常使用時に問題なくても、いざ機器の故障となったときに数日も緊急通報ができないのだとしたら……。それは、果たしてインフラと呼べるのだろうか？


        
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    <title>スタバのザッハトルテの回収広告</title>
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    <published>2007-01-23T03:07:40Z</published>
    <updated>2007-01-23T03:29:39Z</updated>
    
    <summary>不二家の事件以来、世間ではちょっとした回収ブームになっている。 もし手元に新聞の...</summary>
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        <![CDATA[不二家の事件以来、世間ではちょっとした回収ブームになっている。
もし手元に新聞の朝刊があれば、社会面（テレビ欄をめくってすぐのとこ）の下あたりに出ているお詫び広告を見てみるといい。不二家事件に恐怖したたくさんの会社が、これまでは「このくらいいいだろう」と軽い気持ちで公表もしなかったことを真剣に公表しはじめている。その中でひときわ目をひいたのが、今朝の朝刊に掲載されていたスターバックスのザッハトルテの回収広告だった。

ザッハトルテ。スタバのショウケースの中に並んでいるスイーツのひとつだ。この回収広告の趣旨はこんな感じだ。
・1/20午後5:25頃、スターバックス東武北千住店で消費期限を超過したザッハトルテを店舗の不手際で誤って<strong>2個</strong>売ってしまった。
・該当商品が手元にあれば、すぐに店舗にもってきてほしい。

この広告をみて、うまく言えないが、何か複雑な気分になった。
2個のザッハトルテのために、ここまでしなければならないのか？
消費期限を「超過」とはいっても、ちょっとした手違いで超過する範囲なんてせいぜい1日くらいだろう。自分の経験からすれば、ちょっとした洋菓子くらいであれば1週間くらい消費期限を過ぎたものでも食べることはできる。味もそれほど変わらないし、腹もこわさない。

とはいえ、もちろんルールはルールだ。「1日くらい大丈夫だろう」と作る側・売る側が破り始めたら、それはそれでいやな社会になる。それでも……。

スターバックスはそれほど悪質なのだろうか？
世の中には、食べ物をあつかっている店で悪質なところなんて山ほどある。たとえば、そのへんのスーパーの総菜売り場。全部が全部とは言わないが、スーパーが出す総菜は、まさに「消費期限切れ」の原料が使われていることも多いときく。店に並んで消費期限がきれた野菜や肉をリサイクルするために「総菜」という形に調理・加工するというのだ。

魔女狩りのような、何かいやな空気がただよっている。

そして、スターバックスのお詫び広告は次の文面でしめくくられていた。
「お客様からご提供いただきます住所・氏名等の個人情報は、本件の目的以外には一切使用しません」

世の中全体が防衛に走るとき、活力は確実にそがれていくだろう。
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    <title>amazonもGoogleも信頼していいものなのか……</title>
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    <published>2007-01-18T16:41:54Z</published>
    <updated>2007-01-18T16:58:27Z</updated>
    
    <summary>本を買った。 正確に言うと、明日届く。 『日本テレビとCIA　発掘された正力ファ...</summary>
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        <![CDATA[本を買った。
正確に言うと、明日届く。
<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%81%A8CIA-%E7%99%BA%E6%8E%98%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%8C%E6%AD%A3%E5%8A%9B%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%80%8D-%E6%9C%89%E9%A6%AC-%E5%93%B2%E5%A4%AB/dp/4103022310/sr=8-1/qid=1169137627/ref=sr_1_1/249-0431180-4308314?ie=UTF8&s=books">『日本テレビとCIA　発掘された正力ファイル』</a>（有馬哲夫著、新潮社）という本だ。本の内容はアメリカで最近公開された戦後すぐの公文書をもとに、日本テレビの創設者・正力松太郎がCIAのエージェントだったことを解き明かしたもの。戦後史の闇の部分の一部を明かにした本で、昨年末に出版され一部で話題になった本でもある。

先日、ふと思い立ち、この本を買おうとアマゾンを検索した。すると……ないのである。中古はあるが、新品を置いていないのである。アマゾンの通常の対応ならば、たとえ在庫がなかったとしても、取り寄せるはずである。新品が手に入らないということは、内容が内容だけにもしや絶版になったのかと思って、試しに「セブンアンドワイ」で検索してみると……あるではないか。

うーむ。

ネットの某所で、以前にアマゾンから削除された（正確に言うと、アマゾンが新品の取り扱いをしなくなった）本のことを聞いたことがある。その本も、アメリカのやばい部分を暴露した本だった。

うーむ。

もちろん、ただの手違いかもしれない。
しかし、天下のアマゾンがついうっかりミスで、絶版になっていない本を絶版の本と同じ扱いにすることなど、あるだろうか？

うーむ。

やはり、アマゾンとて、しょせんはアメリカ企業なんだということを強く思い知らされた。当初は志の高いベンチャーとしてはじまった会社ではあっても、いまや経済界で占める地位は大きなものとなっている。必然的に政治との結びつきも強くなる。

うーむ。

やはり、アメリカ企業。
注意した方がいい。本屋だからといって、公正中立なことなどありえない。
飛ぶ鳥を落とす勢いで注目度の高いGoogleとて同じことが言えるだろう。
最近では、Googleにより恣意的に検索からはずされる「Google八分」ということも色々と話題になってきている。

みんなが公正中立だと信じている「ネットのインフラ」。
でも、これが実は偏向したものであったら……。

うーむ。

ただの妄想、おとぎ話であってほしいが、あちこちで耳にする色々な噂をからめて考えると、かなり怖い全体像がすけて見えてきたりするのである。
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    <title>年の瀬のアキバ</title>
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    <published>2006-12-29T10:48:13Z</published>
    <updated>2006-12-29T11:03:20Z</updated>
    
    <summary>2006年、今年も残すところあと2日と数時間になりました。 こう書くと、何やらも...</summary>
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        <![CDATA[2006年、今年も残すところあと2日と数時間になりました。
こう書くと、何やらもの悲しくなりますね。とりたてて何か大きなことがあった年ではないけれども、とうとう終わってしまうのかと、感慨深いものがあります。

そんな年の瀬のアキバをふらついてみました。

日通の本社ビルといえば、アキバの目抜き通りの中でも大きな交差点の角にそびえたっていたビルでした。1階には三菱銀行（→東京三菱銀行となり、店舗はなくなりATMだけとなり、やがてはATMも消え失せました）が入っていたところで、昔はアキバで買い物をする人たちが買い物資金をおろすのに長い列をつくっていたものです。このビルも数ヶ月前に取り壊しになり、いまや大きめのトタンの塀で覆われています。

そんな元日通本社ビルの真横には、正月のしめ飾りの露天が。
いくら萌えの街になろうと、オタクが多かろうと、アキバの街には昔ながら商売を営む人たちが大勢います。そういう人たち向けの伝統ある商売は今も昔も変わりませんね。

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日通本社ビル跡は、再開発されて地上19階建てのビル「秋葉原計画」（仮称）に生まれ変わるようです。
工事現場の車両入り口の横にも、ひそかなしめ飾り。

<img alt="06kureakiba4.jpg" src="http://watata.com/blog/06kureakiba4.jpg" width="240" height="320" />

アキバを見下ろす高台に、江戸総鎮守の神田明神があります。
神田明神は、商売の神様で元旦を除けば仕事始めの日にむちゃくちゃ混み合います。この界隈（東京都千代田区）は東京の中でも大企業の本社が集中するところであり、大企業をはじめとして中小企業のサラリーマン・OLらが列をなします。年の瀬の神田明神は物静かですが、来るべき正月の喧噪にむけて最後の調整の最中でした。

<img alt="06kureakiba.jpg" src="http://watata.com/blog/06kureakiba.jpg" width="320" height="240" />

お守りやらお札やらの臨時販売所も準備万端。あとは正月を待つのみ！
うちのオフィスは、ラッキーなことに東西の窓を開け放しにすると、ちょうど神田明神の森を通り抜けたいい風が入ってきます。江戸の総鎮守・商売の神様に守られていると思うと、心強い！

<img alt="06kureakiba2.jpg" src="http://watata.com/blog/06kureakiba2.jpg" width="320" height="240" />

神田明神パワーで、来年もがんばります！

みなさま、よいお年を。
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